★大人になるフランス・ギャル
今から丁度2年前、1965年のユーロビジョン・ソング・コンテストで「夢みる
シャンソン人形」を歌って優勝、一躍フランスのアイドルになったフランス・
ギャル。その歌のタイトルの様に「人形」と云うイメージがぴったりの彼女は
今やヨーロッパ中のアイドルになってしまった。僕が初めて会った64年の
秋は、まだ趣味で歌を歌っているような、いたづらっぽい女学生、素人の
お嬢さんそのま丶だった。去年来日した時、顔が一寸変ったなと思った。
今年の10月で彼女は20才。この年頃の女性はどんどん変っていく。
身体も精神も成長していく。(これを読んでいる貴女だって例外ではない!
男性だってそうだ)最近の彼女は自分をどう思っているのだろうか?
こんなことを云っている。
「私は変ったわ。もう小さな女の子ではないの。でも確かに私の声はまだ
小さな女の子です。けれどずっと進歩したと思うの。“Ne
sois pas si bête”
(そんな悪さをしないで!)を歌った頃の女の子ではないわ……。一つ
確かなことは顔が変りました。前はポチャポチャっとふくらんでいた頬が、
今ではすっかり細くなってしまったの。でも性格は変ってません。3年前と
同じように中学の頃のお友達ともお付合してるし、何んでもないことに
腹を立てるのは16才の時と同じです……。そうネ、それに服の趣味だとか
仕事の受けとり方、考え方とか個人的な好みが大部変ったと思います……」
フランス・ギャルは確かに仕事に熱心になった様だ。どこの国でも同じこと
だが、若い歌手が一曲ヒットしてスターになると実力と人気を錯覚する。
まわりの関係者達がその歌手の人気を高めるためにどの位陰で努力して
いるかを知らずにイイ気になってわがま丶をする。勉強もしなくなるから
歌もだめになる。関係者があきれて、次にファンが離れていく。気がついた
時はもう遅い。こんな例が非常に多い。しかしフランス・ギャルは違うようだ。
芸能界のきびしさを知っている父親の影響もあるのだろう。彼女は自分
自身を知っている。
「私は絶対に歌を歌うことが自分の職業だと思っています。最初は確かに
度のすぎた趣味の感じだった。でもその後、私は本気なんです。実際、
今では仕事に関する事なら何んでも情熱をもやしているワ。歌の技術的な
ことは勿論、商業的なことまで……。私って変な声でしょう、自分で自分の
声は好きでないんです。だって、こんな子供みたいな声をしてたら、何時
までたっても子供扱いなんですもの。でも子供(ローティーンのことを云って
いる)は好きだから、そう云う歌もい丶けどいつも同じ様な歌ばかりじゃ
イヤ!フランソワーズ・アルディみたいに大人の恋の歌を歌いたい!でも
イメージ・チェンジは難しいわ……」。
何んともよく判っている。日本でもアメリカでも若手歌手が人気を出してから
暫くして、必ずと云ってい丶位大人の歌を歌って、失敗する人が多い。
大人に変ろうとしているフランス・ギャルも、そろそろ今迄のイメージでは
もの足りなくなって来たようだ。すべてが判っている彼女はこれをどう変えて
いくか?それが楽しみである。彼女は今、丁度子供と大人の境目にいる。
★最近のフランス・ギャル
仕事に熱心な彼女はとても忙しい。今日はパリ、明日はリスボン、それから
ルクセンブルグ、そして又パリ、次はハンブルグと云うようにヨーロッパ中を
行ったり来たり。レコードも最近はデュエットづいていて、モーリス・ビローと
「ラ・プティット」を歌ったり、「恋するガリア」でおなじみになったミレイユ・
ダルクと「Ne cherche pas à plaire」(好きなことばかりじゃない)を歌ったり
しています。
★恋のためいき
フランスではモーリス・ビローとデュエットした「ラ・プティット」と一緒のEPで
紹介された曲。サ・リユ・レ・コパン誌67年6月号で第30位にランク。
「ラ・プティット」は同誌で36位。「ポリシネル」は古典喜劇の中に出てくる
道化役の名前で、日本で云えば狂言の太郎冠者と云うようなもの。
道化人形がある日すばらしい青年に変った、と云う少女の夢を歌った
可愛い曲。
★青い瞳が恋してる
これも「ラ・プティット」の中に収められた曲。お父さんのロベール・ギャルが
詞を書いている。「貴方の瞳が青くなくても貴方が好き、でも運のい丶ことに
あなたは瞳が青かった……」と云う純情な乙女のうきうきとした恋心を
歌った歌です。
1967年6月 金子貞男
(S.KANEKO: Producer, Radio JOQR)
|