「夢みるシャンソン人形」で大ヒットを飛ばしたフランス・ギャルの続く
ヒット曲「涙のシャンソン日記」です。
フランス・ギャルはフランスの人気女性歌手シルヴィ・バルタンと
フランソワーズ・アルディに続いて台頭して来た新進スターですが、
「夢みるシャンソン人形」で1965年のユーロビジョン・ソング・コンテスト
に優勝して以来フランスは勿論ヨーロッパで確実にスターの座に
昇ってしまいました。このギャルがスケジュールをさいてこの11月
上旬にレコードのプロモートのため来日すると云う話です。若し
実現すればファンの一人としてこんな嬉しい話はありません。
★フランス・ギャルの身分証明書
生年月日
1947年10月9日、天秤官星の下、パリで生まれた。
身 長 1メートル59センチ
体 重 42キロ
瞳 ブルー
髪 ブロンド
好きなスポーツ
テニス、ヨット、水泳、フットボールの観戦
好きな歌手
ジルベール・ベコー、フランソワーズ・アルディ、シャルル・
アズナヴール、クロード・フランソワ、モンティ
愛 称
小さなフランス人形。(アメリカのジャーナリストがつけた名)
ペット
「ヌガー」と云う名の黒い犬(コッカスバニエル)
時間つぶしには 友達と電話でお喋りする。
学 歴
ポール・ヴァレリー中学(Lycée Paul
Valéry)を1963年12月で
3年中退
好きな男の子
眼のきれいな子、別にこれと云って決められない。
衣 装
襞のあるモスリンが好き、シンプルなもので、フチカザリの
ないものが好き。パリのサン・オノレ街に行きつけの店があり、
ロジェ・エガレのエール・ガイ(陽気な店)がそれで彼女が
この店の名付親
髪 型
ジャック・デ・サンジュにすべてまかせている。彼女はそこの
モデルの様にあつかわれる様なこともあり、ジャックが彼女の
ために新しいヘヤー・スタイルを考えたり、カツラやつけ毛を
試すときは彼女を何時間もサロンに閉込める。
★フランス・ギャルへの質問
Q:何になりたいと思っていましたか?
A:歌手です。私は平凡な生活をしたくはありませんでした。何か違った
ものを求めていたことは本当です。
Q:誰があなたに歌うと云う情熱をうえつけたのですか?
A:私は他にどんな風になり得たでしょう?私はずっとこうした例えば
劇場の様な雰囲気の中で生活して来たのです。私の父ロベール・
ギャルは歌っていました―今ではシャンソンの作詞者ですが。本当に
伝染病の様にものです。
Q:映画は好きですか?
A:好きです。でも観にゆく時間が殆どありません。
Q:芝居は?
A:ほとんど観にゆきません。
Q:あなたの両親はあなたにどんな生涯を送らせようと思っているのですか?
A:私の母は私が勉強を続けて結婚し、家庭の母として普通の生活を送る
ことを想像しています。父は私が歌うことを夢みています。私がまだ
ホンの子供で小さい頃、父は私を連れて舞台をよく廻りました。私は
父が歌うのを聞き見ていました。・・・・・・・・・今、私のうしろにいるのは
父の方なのです。
★「涙のシャンソン日記」 「夢みるシャンソン人形」と同じくセルジュ・ゲンスブールの作詞作曲です。
彼は1928年4月2日パリで生れた詩人で作曲家です。今までにもブリジッド・
バルドー、ペトゥラ・クラーク、グレコ等の曲を創って知られています。この
曲の原題は「Attends ou va-t'en」“待つかでなければ行ってちょうだい”
と云う意味です。「私達は恋に落ちてしまった。・・・・・・夜が明けて・・・・・・
あなたは待っか、それとも行ってしまうかしてちょうだい。私をいらいら
させないで・・・・・・」と云う恋の歌です。メンフィス・サウンドよろしく調子の
よい歌ですが、内容は複雑な女性の気持を歌ったものです。
★ジャズる心
ギャルはとてもジャズが好きです。そして自分のレパートリーにも、
進んでモダン・ジャズ風の作品をとり上げています。この曲は
「ジャズ・ア・ゴーゴー」と共にそういうギャルのジャジーな魅力が
最高に発揮された楽しいナンバーです。作詞はお父さんの
ロベール・ギャル、作曲はアラン・ゴラゲール。
[金子貞男-S.KANEKO
Producer,JOQR] |