フランス・ギャルの忘れられない大ヒット・ナンバーの、それも、
フランス語盤と日本語盤のカップリングというのですから、ポップス・
ファンには、絶対に見逃せない名盤と言えましょう。
それでは、フランス・ギャルのプロフィールを、紹介しておきましょう。
フランス・ギャルは、1947年10月9日、パリに生まれた、生粋の
パリジェンヌです。父は「ラ・ママ」等を作詞した、ロベール・ギャル。
彼は娘、フランスの為に、数曲の作詞をしています。一方祖父は、
「木の十字架少年合唱団」の設立者という、音楽環境に恵まれ、
又、母は彼女の良き理解者であり、兄は彼女の遊び相手、相談
相手として非常に仲が良いので有名という、家庭環境にも恵まれ、
'63年にポール・バレリー中学を中退して、歌手になる時も、家族の
協力が大きな助けになりました。デビュー曲の“はじめてのバカンス”
(※注:「恋のお返し」が正しいデビューです。)は、ある程度のヒット
になりましたが、なんといっても、彼女の人気を決定づけたのは、
'63年(※注:'65年です。)にナポリで開かれた、ユーロビジョン・
ソング・コンテストに、ルクセンブルグ代表として出場し、この
“夢みるシャンソン人形”を歌って、優勝をさらった事でした。日本
でも、この一曲でスターになったといえましょう。その他の彼女の
ヒット曲には、「涙のシャンソン日記」、「天使のためいき」、
「すてきな王子様」、「ジャズ・ア・ゴー・ゴー」、「可愛い兵隊」など
のヒット曲があります。さらに、1969年のサン・レモ音楽祭に、
出場し、ジリオラ・チンクェッティと組んで、“雨”を歌って入賞して
います。残念ながらこの曲は、日本との契約がない為、発売され
ませんでしたが、発売されれば、大ヒットになった事は、まちがい
ないでしょう。レコードこそ発売されませんでしたが、テレビ、ラジオ
などで実況録音を、放送していたので、久しぶりに彼女の声を
聞けたのではないかと思います。
★夢みるシャンソン人形
作詞、作曲は、ジェーン・バーキンと来日して話題になった、
“ジュテーム”の作者でもある、セルジュ・ゲーンズブールです。
A面の日本語詞の方は、岩谷時子です。日本では、'65年に
大ヒットしました。
【増淵 英紀】
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